コツコツ長者への道

2013年にインデックスファンドでの積立投資を始めた素人&ビギナー&個人投資家です

投資というリスクある行動をとる決心


元スポーツ選手からはあまり想像できないこのタイトルに興味をもち読みました。
そこに書かれていることは、それまで私が感じていたこと、考えていたことを、支えるものでした。

 

 

僕は「やめる」「諦める」という言葉を、まったく違う言葉で言い換えられないかと思っている。
たとえば「選び直す」「修正する」といった前向きな言葉だ。
(中略)

日本では「やめる」「諦める」という行動の背後に、自分の脳力が足りなかったという負い目や後ろめたさや敗北感を強く持ちすぎるような気がする

 

 

まさにそう!
私たちはより良い方向を目指してこれまでの道を「やめた」としても、それを「負い目」や「敗北感」として強く感じてしまうのです。

 

 

それぞれの人間が持つ能力には、そもそもばらつきがあるはずだ。それと同じように、
人によって合う、合わない分野があることは、意識しておく必要がある。

人生は有限だ。
限られた生であれば、自分に合うものをできるだけ早く見つけ出すほうがいい。

 

 

 

能力のばらつきというものを認識し、無意味な執着は避け、自分自身が本当に
心から楽しみ、力を発揮できる分野へと進むほうが人生は楽しくなる。


私たちは忘れてしまいがちですが、人生は限られているのです。
限られているからこそ、周囲の考えや流れにがんじがらめにならず、自分に合う
生き方を見つけ、いつその終焉を迎えたとしても納得できる生き方を求める方が絶対にいいとは思いませんか?

 

 


勝ちに対しても負けに対してもドライなのである。
その根底には「人間には優劣はないが、能力に優劣はある」という割り切りがあるのだと思う。
この「人間に優劣はない」ということが信じられないかぎり、いくら能力の優劣を
否定しても、幸福感は得られない。

 

ここも深く響きました。私自身能力の優劣を、人間の優劣と思い込むことがありました。しかしそれは違います。

 

顔立ちや体格などが違うように、ある事柄に対する能力も人それぞれなのです。だからその分野における能力の優劣は、人間の優劣などではないのも明らかです。

 

 

人はどうしても自分が生きて育ってきた習慣という思い込みにとらわれれてしまいます。

私が投資活動をはじめたのも、そういった思い込みの人生ではなく、自分自身で考えた人生を送りたいという気持ちが強くあります。

そういった思いが強かったらからこそ、投資というリスクある行動をとる決心がついたのかもしれません。